時雨月の音39
39
雅斗と高台で鉢合わせしてから、勢いで家まで連れて来てしまって…。
結局俺は、雅斗とs Exが出来なかった。
同じ顔で、同じ声なのに…雅斗は相葉さんじゃなかった。
雅斗は、とびきり優しくて心地良い。
雅斗を選べば、俺は早々に楽になれた可能性が高い。
だけど…ダメだったんだ。
代わりでいいなんて、雅紀の代わりをしてくれるなんて言う雅斗じゃ…ダメだったんだ。
雅斗が帰ってしまった部屋は耳鳴りがするくらい静かだった。
誰の息遣いも聞こえない。
俺はベッドでぬいぐるみを抱き抱えながら、横たわった体勢から見える狭い部屋を見ていた。
愛したい。
愛されたい…
それはもう…雅紀にじゃない?
相葉さん…
俺、あなたに会いたい。
会いたいよ。
飲まず食わずのまま、夜が訪れて、仕事へ行かなきゃならない時間が迫っていた。
頭では理解しているはずなのに、ピクリとも身体は動かず、時計の秒針だけが煩く響く。
何とか携帯を手に潤くんの番号をタップした。
"もしもし?ニノ?どした?"
「あぁ…ごめん…ちょっとさ…今日休んでも平気かな?」
"どうかしたのか?珍しいじゃん…風邪?"
「あぁ…うん、ちょっと身体が動かなくって」
"大丈夫かよ?朝になるけど見舞い行くよ。何かいる物とか"
「あぁ…大丈夫!移すといけないから…潤くんは、仕事終わったら帰って。俺が抜ける分、疲れさせちゃうしね」
"…来て欲しくないんならそう言えよ"
「意地悪言わないでよ…」
"はぁ…"
電話の向こうから小さな溜息が聞こえる。
"本当に大丈夫なんだな?"
潤くんは、とっても心配性だ。
だから、俺なんかにもとっても優しい。
「うん。…大丈夫。ごめんね」
"分かった。何かあったら連絡するし、連絡しろよ"
「うん、ありがとう。」
"じゃあな"
「うん…じゃぁ」
切れた電話の画面を眺めながら、溜息をついた。
またベッドに仰向けになる。
小脇に抱えたクマのぬいぐるみを見下ろすと、ジッとこっちを睨みつけていた。
「雅紀…もう…疲れたよ」
呟いてブワッと涙が溢れた。
どれくらい泣いていたか分からない。
10分だったかも知れないし、1時間だったかも知れない。
頭の中が絡まった糸で縛られて…解けない。
あの日に時計の針が戻せるなら
あの日の雅紀に出会えるなら
あの日が無かったとしたら…
頭を抱えうずくまる。
胸の中にはくたびれたテディベア。
「なに先に死んじゃってんだよ…バカやろぅ…バカ野郎…バカ野郎っ…バカ野郎っっ!!」
バンと壁にテディベアを投げつけた。
上半身を起こして肩で息をつく。
興奮が冷めやらない間に枕元に転がった携帯が鳴り出した。
「は、はい」
俺はその電話に出る。
番号は店からで、まだオープンして少ししかたたない時間に何事かと少し身構えた。
"あ、悪りぃ俺。今、大丈夫か?"
潤くんからだった電話にホッとしながらも、こうしてわざわざ電話がある事に焦っていた。
「どうかした?混んでるの?」
"いや、そういうわけじゃ…ただ、ほら前来てた、相葉さん?だっけ?さっき来たんだよ。今日病欠って言ったらすっ飛んで出て行ったから、そっち向かうんじゃないかなと思ってさ。まぁ、あれだ。連絡までに"
「潤くん…ありがとう」
"おぅ…じゃあな"
「うん、じゃあ」
通話終了の携帯電話が連続して鳴り響く。
相手は…
相葉さん。
俺に会う為に店に来たんだ…
病欠って聞いて…
聞いて…
俺を心配してるの?
代わりにしようとした俺を…
心配してるの?
俺はベッドに四つん這いでうずくまりギュッと目を閉じた。
鳴り響くコール音。
途絶えてしまう
このままじゃ
切れちゃう
あぁ…俺は…俺はあなたに会いたいんだ。
シーツに埋もれた携帯に手を伸ばした。
と同時に…
電話の呼び出し音は、途切れた。
いつも間に合わない。
いつもいつも間に合わない。
雅紀を止められなかった。
あの時だって…
俺は間に合ったはずなんだ。
嘘だよって。
誰とも付き合わないよって。
抱きしめて、キスをして、雅紀を
救えたはずなんだ。
「ぁ…ぅぁぁあっ!うっ…ぅゔっ!くっ…ぅゔあぁ…」
振り上げた拳はシーツに沈みこんで、どうしょうもない不甲斐なさにまた涙が溢れた。
助けて欲しくて叫んだ喉が…ひきつれて痛んでいた。