ninon's BOOK

オリジナルBL小説のブログです。

時雨月の音40

40

 


Masaki  Rain

 


雅斗が

俺を殴ろうとしたのは初めてで…

正直、驚いた。

 


いつも、チャラチャラといい加減で、気が短くて、俺の事になると周りが見えなくなる奴だけど…俺以外の人にたいしてあんな風に熱くなるところを、見た事がない。

 


"とんだ弱虫だ"

 


そう言って飛び出していった雅斗の言葉は、間違いなんて何一つなかった。

俺自身が一番良く分かっていたからだ。

 


和にあんな言葉を言わせて

俺は俺が一番弱虫だと実感していたから。

 


雅斗は和に会いに行ったんだろうか。

この部屋を飛び出して…。

それから二人は…どうしただろうか…。

 


小さな溜息を吐いて冷蔵庫からビールを出して煽り始めた。

何本も

何本も開けて

 


朝が来た。

殆ど寝ていない酒の残った身体にスーツを着せて、満員電車に揺られ会社についた。

 


同僚達に顔色を心配されながら長い1日が暮れていく。

頭の中は、昨日の事でいっぱいだった。

 


和には雅紀という名の兄が居て、その人は恋人だった。

恋人の雅紀は、弟に振られて事故死する。

和はそれを抱えたまま生きている。

同じ顔、同じ声、同じ名前の俺を見つけて…

代わりにしようとしたんだろう。

俺はそれが怖かった。

雅斗に打ち明けたら、代わりでも構わないだろうと言わんばかりに怒り出した。

 


雅斗が俺以外の事で怒るなんて…信じ難い事実だった。

 


雅斗は和が好きなんだ。

そう気づいたけれど、俺は優しい、可愛い、愛しい弟に、和を譲るという答えは導き出されなかった。

 


雅斗を愛してる。

多分、家族以上にだ。

だけど…それはきっと、お互い同じで、スレスレのラインで恋愛じゃない事を本能が理解していた。

 


雅斗の優しさも、屈託のない笑顔も、わがままも愛しい。

俺だけの物だったんだ。

たとえどんなに女遊びをしようとも、雅斗は俺の物だった。

 


だけど…初めてだな。

おまえが…俺から離れた気がした。

 


一瞬だけ冷たくて…辛い感覚。

 


次の瞬間から、身体がソワソワするような焦燥感。

 


和は…渡せない。

そう決めて、仕事終わりにparadoxに乗り込んだ。

何を言うつもりだったかさえ分からない。

 


言い訳?

謝罪?

告白?

 


分からない。

 


ただ、和に会いたかった。

 


秋の入り口、時雨れる日に見た頭を垂れた百合の花。

 


君は寂しそうな顔をして

 


俺を呼んだ責任を取らないとならないんだ。

 


雅紀…

 


そうだよ。

それはね…

 


俺の

名前だから。