時雨月の音38
38
Masato Rain-
「さぁ…て…そろそろ俺帰るわ。」
ローベッドで和の髪を撫でていた。
窓から差し込んだ光にあたると、青く光るような黒い髪に鼻先を埋めたりしながら、横たえた身体を軽く抱きしめる程度に留めて。
和は…俺に言った。
言わなくていい事まで、ちゃんと説明がつくように。
今まで、何人かと寝ようとした事があると。
その何人かの誰とも最後まで出来なかったと。
それはアッサリ俺の敗退組の仲間入りを告げて、つまらないタイミングでまたアサミさんの言葉を思い出していた。
本気になった相手には相手にされない、可哀想な雅斗…
雅紀はまた勝ったんだ。
雅紀は皆んなから愛されて、俺さえもそうさせて、俺の見つけた一番も…簡単に持っていく。
虚しさは計り知れなくて、ベッドから立ち上がろうとした俺の腕を引く和にまた苦笑いが溢れた。
「今度は何?…俺はおまえの子守じゃないんだからな」
言葉では乱暴なのに、声音は酷く優しくなってしまう。
悔しいけど、和の事が好きだった。
芽生えてしまった今までにない特殊な感情を一瞬で無かった事には出来ずにいた。
殆ど一瞬で芽生えたような感情なのに…同じ時間で消えないなんて、厄介で煩わしい。
「帰るの?」
上目遣いは得意技ときたもんだ。
天性のたらしには完敗。
「かぁえるよ!居たってヤラしてくんねぇじゃん。な?」
俺はポンポンと和の頭を撫で掴む手を解いた。
「雅斗…」
「…好きだよ」
「え…」
「くふふ……好き。俺、お前の事、好きだわ。それだけ覚えといてよ。それだけでいいからさ」
「雅斗…」
「じゃあな。なんかあったら雅紀の携帯の最後の数字ゼロにしてかけて。俺の番号だから。…ぶっさいくな顔すんなよ。」
俺は和の頭をガシガシ撫でた。
子猫はキュッと首を竦めてされるがままに頭を揺らす。
雅紀が大好きだ。
それから…
やっぱり、大嫌いだ。
マンションを出て、人通りの多い道を行く。
人の目に晒されたら、涙は引っ込むと思ったからだ。
ポケットから引きずり出した携帯をタップしながら、路地裏に逃げ込んだ。壁にもたれかかって、写真のホルダーをながめる。
「ぅゔ…くっ…ぅ…ぅゔ…和…」
ブラウンの瞳と艶のある柔らかな黒い髪。
込み上げる涙が我慢できず、携帯を額に押し当ててうずくまって泣いた。
ついさっき撮ったばかりの俺だけの宝物。
写真のおまえは、雅紀を選んだなんて声にしない。
痛い失恋の痛みが、ジワジワと襲って苦しかった。
和はきっと雅紀じゃないとダメで、代わりにはなりたくないと言った雅紀も…
きっと和じゃないとダメなんだろう。
今更気づいたんだよ。
代わりで構わないなんて…そんなわけないんだ。
だから、雅紀は
いつも正しい。
いつもいつも正しくて
反吐が出る。