ninon's BOOK

オリジナルBL小説のブログです。

時雨月の音 47

47

 


paradoxのオープン前、潤くんがグラスを拭きながら俺をジッと見つめる。

「な、なに?潤くん」

「ヤッただろ」

「え?何言ってんのよ、俺、昨日は」

「めっちゃ見えてるよ?首んとこ」

俺は暫く言われた意味を考えて、ハッとする。

首を手の平で押さえて耳が真っ赤になるのかわかった。

「キスマークとか良いなぁ」

「じゅっ潤くんっ!」

「相葉さんでしょー?相手。」

俺は首を押さえながら俯いた。

「イケメンだよなぁ…お似合い。翔さんはキスマークなんて付けてくんないなぁ」

ボヤくようにサラッと告げる潤くん。

「え?待って!何?もう付き合ってるの?」

「驚く事ないだろ、ニノだって相葉さんと。」

「ぁ…うん…そう…なんだけど」

「何?早速喧嘩とか?」

潤くんの問いに首を左右に振って否定する。

「良いのかなって…ちょっと考えちゃってさ」

潤くんは不思議そうな顔で首を傾げた。

「良いのかなって…まさか、既婚者とかじゃないだろ?」

ハハっと笑いながら話す潤くんにたいしてヘラっと愛想笑いしか出来なかった。

雅斗の存在は…奥さんとかいう他人なんかより、ずっとずっと相葉さんと繋がりが深い。

 


雅斗は俺に拒まれて呟いた。

どうして皆んな雅紀が好きなんだって。

 


自分もそうだと…本人は気付いてないんだろうけど。

 


俺には嫌というくらい伝わったんだ。

雅斗にとって相葉さんは分身みたいなものなんだと思う。

相葉さんが手に入れた物は…きっと分け合ってきた。

だけど…

 


俺は雅斗に応えられない。

雅斗が大切なのに…応えられない。

あのキスは嘘じゃなかった。

相葉さんとのsExより、暖かくて…愛しかったと一度は感じたんだから。

「ノ…ニノっ!大丈夫か!?」

ビクッと肩が跳ねて思わず潤くんを凝視した。

「ボーッとし過ぎ。看板出しに行ってくれる?」

潤くんが階段を指差す。

「ぁ…あぁ!もちろん!行ってくるよ」

俺はフキンをカウンターにほっぽって客用の扉を開け、アンティークの照明が掛かる壁を見上げながら、地下から地上へ向かった。

 


看板は大野さんが描いた絵が描かれた黒いアンティークボード。

paradoxの文字を見つめて溜息を落とした。

キスマークが付いてるなんて言われた首筋に手を置く。

 


もう逢いたい。

別れたのはついさっき。

身体の芯が疼くような、荒げた息遣いを思い出して空を見上げた。

月が雲に覆われて雨上がりの嫌な匂いが広がっていた。

 


潤くんがいつだったか雨上がりのコンクリートの匂いは嫌いって言ってた。

 


分かるなぁ…俺も…好きじゃない。

 


雨も、雨上がりも、濡れた傘も…

好きじゃない。

空から視線を戻すと、向かいの道路に人影を見る。

 


「ぁ…いばさん?」

白いカッターシャツにスラックス。ジャケットは着てなくて、さっきまで降ってた雨に降られたように、しっとり濡れた髪。

信号が青に変わってゆっくりこっちに渡ってくる。

 


俺は横断歩道まで駆けて行く。

「相葉さんっ!!どうしたのっ?」

腕を掴むと、相葉さんは俺をゆっくり抱きしめた。

耳元で力ない声がする。

 


『和…俺…雅斗が…』

「…雅斗、なんかあったの?」

『帰ったら、家に居た。知らない男と一緒に。』

 


あぁ…やっぱり…この人も同じだ。

雅斗が相葉さんを想ってるように…相葉さんも雅斗を愛してる。

 


「相葉さん…」

『俺はね…雅斗を愛してる。だけど、それは違うんだよ…違うんだ…和…違う…』

ギュウっと背中を締め付ける腕に息が止まるように、俺は小さくなって、相葉さんの頰を包んだ。

「良いんだよ…相葉さんは…雅斗を愛してていい。」

『和…言ってなかったね…俺達…親に捨てられて、施設で育った。ずっと酷い虐待を受けて育った。だから…雅斗と俺は…』

「うん…何となく分かってたよ。だって、二人とも羨ましいくらい仲良いじゃない…俺も…そうだったから分かる。あ…一緒にしてるわけじゃないよ!ただ、似たようなもんでしょ?」

俺はそう言って微笑んで見せた。

濡れた髪を撫でてやると、幼い子供のように顔をクシャクシャにして泣き出してしまう。

胸が熱くなって、この人を守りたいと思った。

『雅斗を幸せにしたい…ただそれだけなのに…俺は…俺は和を譲れないんだ…』

 


しゃくり上げながら話す相葉さんが愛しくてたまらなかった。

雅斗のキスが、あんなに優しいのは、今となったら当然のように感じた。

 


優しさの塊りみたいな兄弟が…せめぎ合う想いに戸惑っている。

 


「俺、相葉さんを愛してる。雅紀が死んで…誰とも身体の関係を持てなかった。夜も、ずっと薬がないと眠れなかった…なのに…相葉さんとだけは違ったんだ。正直ね、雅斗ともそんな雰囲気になったよ…だけど全然ダメだった…だからね、相葉さんには、俺から離れて欲しくない。俺も…雅斗に相葉さんを譲れないんだよ…」

 


どうしょうもない感情。

真情を吐露した後の身体の軽さ。

束縛と解放の捻れ。

 


クシャクシャの顔のまま、俺の唇を塞ぐ相葉さん。

 


なんて愛しい人なんだろう。

なんて愛しい想いなんだろう。

 


雅紀…俺

好きな人が…出来たよ。

俺はそろそろ…

 

 

 

おまえを本気で

忘れて行くんだ。