時雨月の音45
45
Masaki Rain
『で?なんだそのデッカイ犬は』
和と別れた夕方、自分のマンションに着いたら、広いリビングのソファーに金髪の若い男がグーグー横たわって眠っていた。
L字に置かれたソファーは足を投げ出した雅斗と眠っている男できっちり埋まっている。
「くふふ…拾ったんだよ。尻尾振って付いてくるからさ。酒出したらすぐ寝ちゃった」
『当て付けか?』
純粋にヤキモチだったんだ。
雅斗はこの家の中に他人を入れなかったから、ついキツい口調で問い詰めた。
外でいくら派手に遊んでも、家の中はまるでシェルターの様に安全で、俺たちだけの空間だったんだ。
「当て付け?……あぁ…和の事?」
『家には誰も入れなかったじゃないか』
ゆっくり立ち上がる雅斗は立ち尽くす俺の腰を抱き寄せもう片方の腕を肩から首に回し絡みつく。
「ふふ…だねぇ。だけどもう解放してあげるよ」
『何言って』
「お兄ちゃん離れ?だよ。…せいせいするさ。」
雅斗はギュウと俺を抱きしめた。
首筋に唇が当たっていて、身体は小刻みに震えている。
俺はどうしょうもない感情が昂って雅斗を抱きしめた。
『俺が和と上手くいったら…おまえは…おまえは苦しいの?』
肩口に頰を寝かす。
雅斗がゆっくり俺の胸に両手を突いて身体を少し離し、距離をあける。
「雅紀…苦しいんだ…ごめん…苦しい。だから…離れるんだよ」
雅斗は今にも泣きそうな苦笑いを浮かべて微笑んだ。
『雅斗…』
「和…頼んだよ」
静かに呟く雅斗が愛しくて、俺はゆっくり雅斗の唇を塞いだ。
雅斗と唇を重ねたのは、初めてだ。
柔らかくて、温かい。弟の体温。踏み込まずに来た…領域。
目を見開く雅斗の後頭部を包み込むように引き寄せ、顔を傾けた。
深くキスして…涙が流れた。
『俺は…おまえをちゃんと愛してたよ?今だって、変わらないんだ』
雅斗は、はぁ…と深い溜息を吐く。俺の肩を掴んで項垂れ、それから、ゆっくり額を肩に押し当てて呟いた。
「おまえはいっつもズルい。最後には全部持っていく。俺の気持ちも、和の心も…だけどもうウンザリだ。…ウンザリなんだよ」
雅斗の力ない拳がトン…トンと俺の胸を叩いた。
それから、ズルズル力なくフローリングに座り込む。
そこで雅斗の背後にあるソファーで眠っていた男が目を覚ました。
「んっ…ぅ〜…あれ?相葉くんっ!あっ!双子のお兄さん?お邪魔してますっ…って何か…空気重いです…か?」
起き上がった男は随分と若い…うえに、雅斗や俺より少しタッパがあるように見えた。モデル仲間だろうか?
俺の推測を上回るように、男はゆっくり立ち上がり、フローリングに座り込む雅斗の腕を引いた。
「立てますか?」
雅斗を何とか立ち上がらせると、
「佐藤龍我って言います。…この人、俺が貰いますから」
『え?…あのっ』
「雅斗くんが大好きです!ちょっとお借りしますね。じゃ!」
グイグイ雅斗を引っ張り歩き出す男に唖然としながらも、動けないでいた。
フラフラと佐藤くんとやらに手を引かれ歩いていく雅斗。
『ま、雅斗っ』
玄関口で呼び止める。
ゆっくり振り向いた雅斗は俺と同じ顔でクシャッと笑った。
「お兄ちゃん、いってきまぁーす」
いい加減な表情で手をヒラヒラ振ると雅斗は佐藤くんと出ていってしまった。