時雨月の音34.
34
Masato Rain-
マンションには帰らないつもりだった。
雅紀が和の事を本気な気がしたからだ。
好きかも知れないなんて答えてたけど、その表情はすっかり魅せられた男のソレだった。
俺と和…比べられないと言った雅紀。
兄貴への名前もない感情を持て余す俺は、和に言われた一言と、どこか似通った匂いに感じた事のない胸の痛みを覚えていたんだ。
俺の本気が、まさか雅紀の本気とシンクロするなんて…。
神様の悪戯にしちゃ、残酷すぎやしないか?
やっと…離れてやろうと思ったんだ…
離れてやれると…思ったんだ。
"本気になった人には相手にされない"
"可哀想な雅斗"
アサミさんの言葉を思い出しては、目を伏せた。
ぶらぶらと時間を散々潰した筈なのに、いつもより早くマンションの下に着いた気がした。
『あっ…雅斗…』
「あぁ〜…兄貴ぃ…」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、首を傾げた。
これまた…偶然にしては悪戯が過ぎますな。
俺は平然を装って茶化してみせる。
「なぁにぃ…さっむいのにジャケット手に持っちゃって…」
雅紀が仕事帰りじゃない事なんて直ぐに分かった。
近づいて鼻先をクンクンしてやる。
「精子くせぇ…お兄ちゃんエロい事した後じゃん…」
肩にドンと身体ごとぶつかってやる。
よろめいた兄貴は俯いて黙っていた。
俺はヒョイと下から顔を覗き込む。
ゆっくり腰に手をかけ、同じ顔をした兄の頰にキスをした。
「珍しいじゃん…落ち込んでんだ?先にイッちゃった?下手って言われた?」
雅紀は頷きもせず俺の肩に額をあずけてくる。
カッターシャツの下から、se Xの残り香が漂った。
「さみぃわ…部屋入ろ」
俺は雅紀の髪をグシャっと撫でて先にエントランスの中へ入り、唇を噛み締めた。
どっちに嫉妬してるんだか….
どっちに…。
マンションに入ってすぐに雅紀をバスルームに連れて行く。
「久しぶりだな、一緒に入んの」
『時間…仕事で違うようになってからは入らなくなったもんな…』
暗い表情のまま雅紀は裸になる。スーツを脱ぎ去った腹にはたくさんの白濁をこびりつかせたままだ。
向かいに立つ俺はそっとそれを撫でる。
綺麗に割れた腹筋がピクリと動いて眉間に皺を寄せた雅紀が呟いた。
『指が冷たい』
「くふふ…帰る前…散歩したからかな…。」
そう言いながら腹に付いた白濁に触れ続けた。
「これ…どっちの?」
『…和…俺のは…』
「あぁ…妊娠させちゃう気だった?中に残して来たんだぁ…ダメな兄貴だなぁ…女だったらさぁ…マジヤバいよ?」
何も言わず雅紀は頷いた。
俺に手を引かれて、熱いシャワーの下。
ボディーソープの泡を手で身体につけると、撫でるように洗ってやった。
まるで自分の体を洗ってるようだ。
それでいて全く違う人間だからタチが悪い。
和を抱いた身体が愛しいのか、雅紀の身体が愛しいのか、頭の中が完全にパニックだった。
身体を流しあった俺たちは広い湯船につかる。俺が雅紀を後ろから抱きしめるように。
双子の俺達は腹の中にいた頃から身体を寄せ合って居て、外に出てからも、酷い環境のせいでこうして肌を寄せ合う事に昔からなんの抵抗も無かった。それは多分…側から見れば異常な程に。
後ろから肩に顎を乗せて雅紀を覗きこむ。
「何があったんだよ…お楽しみだったんだろ?喧嘩でもしたの?」
『…告白した。好きだと思ったんだよ。寂しい顔をして、すがりつくから…我慢出来なくて…だけど…』
雅紀はまた項垂れる。
「振られた?」
そんな筈は無いと思った。
和は、雅紀が好きな筈だ。
首筋に唇を寄せる。
『雅斗っ…やめろ…』
「慰めてるだけだもん」
『だけどやめろ…』
ベロっと舐めあげてぶっきらぼうに呟いた。
「何があったの?」
静かに水音を立てて後ろからギュッと雅紀の身体に抱きついた。
背中に頰を寝かす。
『…和には…お兄さんが居たらしい。』
「…へぇ…早く喋れよ。二人して茹で上がるぞ」
クタっと背中に擦り寄る。
『お兄さんの名前…雅紀って言うんだ』
「わぁ〜っお…で?」
『車にはねられて…亡くなったらしい』
俺はピタリと息を止めた。
兄
雅紀
亡くなった
「そりゃ…辛い目にあったんだな…」
『兄弟で…付き合っていたみたいだ』
へぇ…っていつもみたいに出てこない。
喉の奥が乾いて、ピッタリ張り付くみたいに声を殺す。
兄弟で…。
俺が唯一…踏み込まなかったラインを…和は…飛び越えていたんだ…。
パシャ…と静かに湯が動いて、俺は雅紀をキツく抱きしめていた。
『お兄さんの写真があった。』
黙る俺の腕を急にキツく引き寄せる雅紀。
向かい合う形になると、雅紀は呟いた。
『同じだったっんだ!!嘘みたいだったよ』
「何が?!何いってんだよ」
『怖かったんだ…俺も』
「だからっ!!だからっ何がっ!!」
『顔だよっ!!』
バシャッっと強く水面を拳で叩く雅紀は荒げた呼吸に肩も胸も揺らしていた。
跳ねたお湯を顔に受けた俺は、手の平でそれを拭き取り
「兄貴、何言ってんの?」
眉根を寄せて、低い声で呟いた。
雅紀はゆっくり俺の両頬を包み込んで涙を流した。
『俺かと思った。じゃなきゃ、おまえだと思ったんだよ…ぅ!ぅゔっ…くっ…』
すっかり泣き出してしまった雅紀は俺の頭を抱きしめるようにして…
暫く泣き止めないでいた。
俺はただ…そんな悪夢が存在するもんかと
雅紀のしたいように
体を預けた。