時雨月の音 43
43
Masato Rain-
路地裏でグズグズと涙が止まらない。
やり直せない。
俺はこんなだし、雅紀みたいに上手に出来ない。
上手に優しくしたり、気持ちを汲み取ったり出来ない。
ただ、あの部屋に入った時に感じた絶望に色をさせるとしたら、俺じゃなく…雅紀だと直感的に気づいていた。
まだ…君に逢いたいと思うよ。
携帯のホルダーにある子猫の写真を眺めて、長い息を吐いた。
それから、すかさず削除した。
初めて、雅紀から一歩離れて見えた景色は、大人の俺達と、雅紀の大切な人だった。
歩かなきゃならないんだよな…
俺は
一人で。
だって…俺は雅紀の幸せを誰より願ってきた。
雅紀が全てで、雅紀が世界だった。
後は、本当にどうだって良かった気がする。
父さんや母さんに捨てられて、施設で学校で虐められて、その中から、守らないとならないのは雅紀で、雅紀はきっとそれが俺だった。
バランスをとって見えて、アンバランスでしかなかったんだ。
雅紀は…守るモノ…俺より先に見つけたんだよな…。
路地裏からヨロヨロ大通りに出ると、若い金髪の男とぶつかった。
「あっ!悪りぃ大丈夫?」
体幹のある俺は同じくらいの背丈の青年をふき飛ばしていた。
尻もちをついた男に手を伸ばす。
男はゆっくり俺の手を掴んで立ち上がった。
グイと力を込めて引き起こすと、華奢な割に俺よりほんの少し背丈がデカい事に気づいた。
切れ長の目が印象的で今時のお洒落な服に身を包んだ子だった。
「よそ見しちゃってて、悪い。服、汚れてない?」
俺は彼に問いかける。
彼はジッと俺を見つめて、呟いた。
「う…そ。」
「は?なんだよ」
「相葉…雅斗くんですよね?!」
俺は一歩詰め寄ってきた青年に顎を引いた。
「お、おぅ…あぁ、ファンの子…かな?」
恐る恐る聞くと、彼は道中なのを忘れてか、大きな声で一気に喋り出した。
「はっ!はいっ!ずっとファッション誌の時から見てます!!今度ドラマも出るんですよね!!あのっ!俺っ!この春に同じ事務所に入った佐藤龍我って言いますっ!!あのっ!!すっごい…すっごい大好きですっ!!」
キラキラした眼差しでニッコリ微笑む青年に俺は正直タジタジだった。
「なっなんだ、同じ事務所かよ…後輩くんなんだ。」
「はいっ!佐藤龍我です!!」
「…分かった分かった…佐藤な。」
「龍我でいいです!!てか…相葉くん泣いてましたか?」
俺は顔を覗き込まれて更に半歩後ずさった。
「なっ!泣いてねぇわっ!何?おまえこんな所一人でフラフラ…どっか行く途中?」
「あぁ…いやっ!散歩…みたいなもんです!前に雑誌のインタビューで相葉くんがお兄さんとたまに散歩するって書いてあったんで、運が良ければ出会えるかなぁなんて…」
純粋な若さが眩しいくらいにキラキラと光る。
「そっそっか…まさか、本当に出会えるなんておまえ持ってるな…あ、れ?ぅわぁ降ってきたっ!」
「相葉くんっ!こっち!」
龍我は俺の手を引いて走った。
雨がシトシト降り出したんだ。
屋根のあるカフェの軒下に避難して、息をつく。
「マジでついてねぇ…マジで最悪…」
空を見上げて呟くと、隣に立った龍我が俺をジッと見て呟いた。
「俺はついてましたよ。今日は最高です。雨も…降って良かった」
さっきまでのキラキラした笑顔じゃなく、年の割に大人びた微笑みを向けてきた。
「そうかよ…そりゃ良かったな」
俺は大袈裟に肩を竦めて見せる。
龍我はそっと長い指で俺の小指に触れた。
ドキッとして睨みつける。
「なっ!何だよっ!」
「ふふ…相葉くん、絶対泣いてたでしょ。俺、すっごいあなたの事大好きだから…分かりますよ」
その時、初めて、龍我が口にした好きの意味を理解した気がして…
雨の止みそうにない空を確認して、背中のカフェを一瞥すると俺は苦笑いしていた。
「じゃ、お茶でも飲んで慰めてもらおうかな」
そう言う俺に目を輝かせ、初めて会った時のキラキラした笑顔で龍我は大きく
「はいっ!!」
と言った。