時雨月の音 13
13
夕方、大野さんの腕をすり抜けてキッチンに入った。
黒い大きな冷蔵庫を開くと水のペットボトルが何本か並んでいて、そのうちの一つを取り出して蓋を捻った。
ベッドに入った時に降り出した雨は上がっている。
一睡も出来なかった。
窓ガラスを流れる雨のせいだ。
あの日の夜も雨…。
シトシト…
冷たくて寒くて怖かった。
"俺、好きな人出来たから!その人と今日から付き合う事にした。雅紀も、兄弟でこんな関係おかしいって思ってるだろ。…良い人…見つけろよな"
"何言ってんの?ヤダよっ!!和は俺のでしょ!好きだって言ってくれてたじゃん!"
"雅紀は…みんなから愛されてんじゃん。俺なんかと居なくたって…平気だよ"
"平気じゃないっ!!和っ!好きだよ!俺っ!おまえだけが好きだよ!愛してるっ!和っ!どうしちゃったんだよっ!"
試したんだよ…。
みんなに愛されている雅紀を…
俺だけの物だって…確かめたくて。
どんな反応するのか知りたくて…。
"どうもしない。もう…決めたの。雅紀とは別れる"
"和…"
絶望の黒い瞳。
俺の為だけに揺らいだ涙の膨らみ。
溢れた美しさったら…
なかったよ。
肩を落として…家を出て行った。
暗くて寒くて冷たい雨の中。
俺が
おまえを…殺した日。
ポンと肩に手が掛かって身体がとびあがった。
「っうわぁっ…ビックリしたぁ…起きたんですか?ぁ…水、貰いました。」
「いねぇから帰ったのかと思ったわ…」
「どうせ行く場所一緒じゃないですか。」
俺の腰に腕を絡める大野さんに笑いながら呟く。
「あぁ…俺、今日パス。ちょっと別件の用があるから、店いかねぇ。」
「あ…そうっすか?」
「あぁ〜!さっみしぃ顔しちゃってぇ」
「してないわっ…重いです。」
「ちぇ…つれない奴だなぁ。あ、ホラこれ飯代。何か食ってから店行けよ」
大野さんはスウェットのズボンのポケットから5千円札を手渡してきた。
「……こんな食えないでしょ」
「そうか?若いんだし食える食える。おまえ、ちょっと最近また痩せて来てるぞ。ちゃんと食わなきゃ店立たさねぇかんな」
「ぅわぁ…パワハラ…」
顎をグイッと掬われる。
「セクハラもしてやろうか?」
「結構です!」
大野さんはクスクス笑いながらウォークインクローゼットに消えて行った。
俺は手にしたままのペットボトルを見つめる。
少し揺らすと、チャプンと水音がして、鳥肌がたった…。