時雨月の音 9
9
Masaki Rain
深夜を回った頃だった。
玄関が開く音、靴を脱ぎ捨て、鍵をシューズラックの上に放り投げる。
ジャラジャラ付けたアクセサリーが繋がれた犬みたいに音を鳴らしてリビングに近づく。
手前のキッチンに入り冷蔵庫を開けて、ペットボトルの水を直飲みする。
『おいっ!雅斗っ!それ俺の水っ!』
リビングのソファーで見もしていない映画を流しながらボンヤリしていた俺は双子の弟、雅斗に怒鳴る。
「あぁ?いいじゃん水くらい。ちょっと飲み過ぎて気分悪いんだよな」
『またそんな呑んだのかよ』
「撮影終わりで打ち上げあったんだよ」
雅斗はファッション雑誌のモデルをしている。
『良いご身分だな』
俺が呟くと、水のペットボトルを持ったまま寝そべる俺に覆い被さって来た。
『なっ!重いっ!退けよっ!酒くせぇ』
「ふふ…くふふ…」
『なぁんだよ!気味悪いな!』
俺の顔の横に手を突いた同じ顔の弟は我慢しきれないと言わんばかりに笑い出した。
「ハハ…良いご身分なのは兄貴だろ?」
『はぁ?何の話だよ』
「いつ男作ったんだよ。結構可愛いネコだったぜ」
俺は雅斗の襟元を引っ掴んだ。
『…何の話?』
「ふふ…お兄ちゃん怖いぃ〜」
引っ掴んで引き寄せた服を逆にドンと突き飛ばしてやる。
『おまえ、何知ってんの?』
突き飛ばされてソファーに尻もちをついた雅斗は起き上がりながら言った。
「俺の事、兄貴と勘違いしてさ、ビンタくらったんだ。女連れてたからなぁ〜、へへ。あれってヤキモチかな?」
俺は雅斗の言葉に俯いた。
心当たりは今朝の彼しかいない。
ヤキモチっつったって…俺だって追い出されたんだからそんなはずない。
「何、喧嘩中?てかさ、最近だろ?付き合いだしたの。俺の事知らなかったし。だから、教えといてやったぜ。涙ボクロが左にあるのが雅斗だって。」
胡座をかく雅斗に小さく呟いた。
『どこで…』
「はぁ?」
『どこで会ったんだ?』
俺は視線を合わさないまま呟いた。
「…付き合ってんだろ?勤務先も知らないのかよ」
『…うるさい…おまえには関係ないだろ』
「……へぇ……じゃ…教えない」
『はぁっ?!』
バッと雅斗に向いて声を上げてしまう。
嫌な予感がする。
ニヤニヤした雅斗は肩を竦めた。
「兄貴…付き合ってねぇな?」
『だからっ!おまえには関係ないだろっ!』
「ないよ…でも、兄貴もあのネコとは関係ないって事だろ?」
俺はさっきと逆に雅斗の身体をソファーに押し倒して上に乗り上げた。
「なぁに?おにぃーちゃん」
同じ顔、同じ声…ふざけて煽ってくる雅斗に溜息が溢れて押さえつけていた手をどけた。
『おまえはいっつもそうだよ…』
「よっこらしょと…paradoxだよ。駅の裏の地下にある店。…これでフェア?」
雅斗はソファーから起き上がり俺に二宮くんの勤務先を告げた。
フェア…その言葉は波乱を含んでいて…
嫌な予感は
より一層膨らんでいった。