時雨月の音 3
3
「上がって下さい」
玄関で立ち尽くす傘を持った男は今更になって戸惑い始めているようだった。
俺はバスタオルを頭に被り濡れた髪を雑に拭きながら笑った。
「ハハ…さっきのキス…冗談ですよ。…そんなに警戒しないでください。何もとって食わないですよ。」
『ァハ…ですよね…何か俺ビックリして、勢いで家にまで上がり込んじゃってるし…こんな事ないのに…』
頭をガシガシ掻きながら首を傾げる彼を横目に冷蔵庫を開けた。
「今日はお仕事とか…ないんですか?」
『あぁ…休みなんです。』
「こんな朝早くに…何をされてたんですか?どこか行く予定だった?」
『いや、同じです。ゴミ捨て。出たついでに散歩したくなって、近所の神社まで…』
俺はグラスにお茶を注ぎながらゆっくり靴を脱いで一歩踏み入れた彼に差し出した。
「ありがとう。」
『神社って…お爺ちゃんみたい。フフ…』
俺は腕で口元を覆いながら笑った。
彼はお茶を飲み干してグラスを俺に突き返した。
『くふふ…良く言われます。…あ、俺、相葉雅紀って言います。宜しくお願いします』
彼は普通に…
ごくありふれた挨拶で
俺を
壊しに来た。
彼の名は
相葉…雅紀。