時雨月の音17
17
潤くんは1人呑みのお客さんに言った。
「今日、飲み過ぎじゃない?翔さん酔っぱらったらずっと髪かきあげるよね」
「ハハ、よく見てんなぁ。確かにぃ…今日はちょっと酔ったかも」
潤くんはウイスキーグラスに残るお酒を下げた。
「俺の奢りでいいからもう呑むなよ、ほら水」
グラスを引いた手と逆で水のグラスを差し出した。
翔さんと呼ばれた男が潤くんが出した水の入ったグラスを、潤くんの手ごと握る。
俺はハッとして、一度視線を逸らしてしまう。
その先で相葉さんとバッチリ目が合った。
相葉さんはニッコリ笑ってからグラスを覗き込むようにして静かにしていた。
俺はそれにつられるようにして、カウンターの端に静かに移動する。
2人を邪魔しちゃいけないねって相葉さんが言ってるみたいだった。
潤くんは薄暗い照明でも分かるくらいに赤面して動けなくなっている。
「俺が心配なの?可愛いね、潤…じゃ、帰ろうかなぁっと。」
手を握ったまま立ち上がり反対の手をスラックスのズボンに入れると、1万円札を潤くんの握った手に滑り込ませた。
「チップ込みな。」
「翔さんっ!困るよっ!」
あの潤くんがオロオロしているのが面白くてジッとみていた。
「困ってる顔見たかったからちょうど良かった。…明日も出勤?」
「…だったら?」
「だったら明日もここに来るよ。じゃ」
「翔さんっ!お釣りっ!おつっ…はぁ〜」
「行っちゃったね」
潤くんにニヤニヤしながら声をかける。
「んだよ…」
「いや…潤くん可愛いなぁと思ってさ」
「あぁっ?バカにしてんのかよ」
「まさか」
俺は肩を竦めた。
潤くんはブツブツぼやきながらお金をレジにしまいに行く。
『彼氏…さん?』
相葉さんがソッと聞いてくるもんだから俺が焦ってしまった。
「いやっ…多分そんなんじゃ…」
ロックオンされてる上に結構脈ありな感じだから…時間の問題かな。
俺は曖昧に苦笑いして交わした。
潤くんは夢を追う事に必死で、多分迷ってるんだろうな。
「相葉さん、おかわりいかがですか?」
俺は話題を変えようと明るく問いかけた。相葉さんはグラスの残りをグイッと煽ると、またあの笑顔でニッコリ笑ってグラスを出した。
『じゃあ、お願いします。』
「あ、はい。同じので良いですか?」
『はい。お願いします。』
俺はジントニックを差し出した。
『あの…二宮くん…したの名前…聞いてもいいかな?』
聞き慣れた自分の名前なのにビックリして声が出ない。
『あ、ごめんね、マンションの表札…』
「あぁ!それで?アハ、ビックリしちゃった。てか、今まで名乗ってないのも失礼だったな…二宮和也って言います。」
『へぇ…じゃあ、和くんて呼んでもいい?』
少し酔いの回り始めた相葉さんはくだけた口調で俺を覗き込んだ。
バクバクと躍る鼓動に胸をギュッと掴んで作り笑顔を作った。
「もちろんです。」
『くふふ…嬉しいなぁ。なんか一気に距離…詰まった気がする。ね、和くん』
フワッと柔らかな空気を纏う相葉さんは
もう…俺の中で、雅紀にすり替わっていた。
雅紀が…帰ってきたんだ。
帰ってきたんだ。