時雨月の音30
30
相葉さんが来店したのはオープンしてすぐだった。
今日もカッコよくスーツを着こなしていて、モデルをしてるっていう雅斗の仕事は頷けるものだった。
何せ全く同じ顔に体型に声…。
どっちがどっちの職場に行ったって平気でI日くらい乗り越えられそうだ。
「ジントニックでいいですか?」
ニッコリ微笑みかけると、クシャッと同じ顔をする。
雅紀を思い出さないわけはなくて、俺はまた視線を素早く外すとグラスのジントニックを俯き加減に差し出した。
『今日も、ラストまで?』
「あ、いや…今日は途中で上りなんです。」
『ほんと?…後、予定…ある?』
「……俺が聞きたいとこですよ。」
相葉さんはキョトンと俺を見つめた。それから、俺の言った意味をようやく理解したようだった。
『あっ!空いてるよ!』
ガシッと掴んだグラスをガバッと煽る。
俺はそれを見て思わず笑ってしまう。
「うちに…来ませんか?」
クスクス笑いながら首を傾げると、真っ赤になった相葉さんは唇をキュッと結んで頷いた。
抱かれたいんだ…。
疼いていた。
あの日みたいにして欲しい。
強い願望、欲求….。
雨の日に、傘もささず、ゴミを捨てに出た。
捨てたのはゴミなのか、捨てられたのは俺なのか、ぼんやり考えていた。
差し掛けられた傘が雨音を変えて驚きながらもゆっくり振り返った。
長い指….
片方だけ上がる口角
全部が欲しい。全部、全部雅紀だと思ったから。
相葉さんと他愛もない話をするのは楽しかった。
声を聞いてるだけで、癒された。
5年も前に無くした音声は、時折記憶に障害を生む。
雅紀はこんな風に…こんな色の声で話していただろうか…なんて。
相葉さんがグラスを握る指に手を伸ばしていた。
汗をかいたグラスを上から撫でながら、相葉さんの指を辿る。
グラスが纏った水滴に濡れた俺の指はいやらしく相葉さんの指と指の間をゆっくり撫でて降りて行く。
グラスの底に辿り着くと、相葉さんが俺の手を掴んで引いた。
『悪戯が過ぎるね。…沢山してあげる…早く着替えておいで。上の裏口で待ってるから』
パッと手を離され、俺はもう自分が我慢出来ない事なんて分かっていた。
ロッカールームに入ると、交代のバイトくんがタイムカードをジジっと鳴らしながら打刻している最中。
「あれ?ニノさん顔赤いっすよ?大丈夫ですか?」
「あぁ…大丈夫…じゃ、後宜しくね。お疲れ様」
「おつかれ〜っす…」
不思議そうな視線は仕方ない。
俺はすっかり抑えきらない欲望が膨らんで壁伝いに歩くような不自然極まりない動きだったからだろう。
ヨロヨロと階段を上がると、見下ろすように相葉さんがニッコリと片方だけ口角を上げて微笑んだ。
ハァ…と目を細めて溜息が溢れる。
それは…感嘆の溜息だったろうと思う。
雅紀にそっくりな相葉さんを、身体中が称賛していた。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて
死ぬほどに
苦しい。
ドサッと相葉さんの胸に勢いよく倒れ込んだ。
受け止められた身体の力が一気に抜けていく。
『家まで…持つかな』
相葉さんは火照った俺の身体を抱きしめ、首筋にキツく吸い付いた。