ninon's BOOK

オリジナルBL小説のブログです。

時雨月の音29

 


29

 

 

 

「あ、ニノそっち拭いといて」

先輩の潤くんがテキパキ指示を出してくれる。

「オッケー。」

「あ、そうだ!今日さ、大野さん新しい酒入れるって」

リキュールの瓶の口を丁寧に拭く潤くんが俺に告げた。

「あ、じゃあ来るんだ?」

「らしいぜ。」

「…分かった」

 


俺は一瞬テーブルを拭く手を止めてしまった。

相葉さんが来る。

大野さんも来るんだ。まぁ…大野さん店に出ないし…気にする事ないよな。

 


俺は気を取り直して掃除を続けた。

 


オープン準備が整った頃、大野さんが裏口から入って来た。

「よぉ〜。」

「おはようございますっ!」

「おはようございます」

潤くんと俺はぺこりと頭を下げた。

「おぅ…準備続けてぇ…あ、潤コレ、例の酒なぁ…。好きに使ってみな。分量とかさ。ニノ、裏来い」

潤くんに酒瓶を手渡すと、何でもない事みたいに俺をロッカールームに呼びつけた。

扉を後ろ手で閉めると顎をヒョイとしゃくる。

その無言の指示通り鍵をゆっくり掛けた。

「飯、ちゃんと食ったか?」

パイプ椅子に座った大野さんがふにゃりと笑う。

「5千円分も食べてませんよ。残りは貯金箱に入れました。」

「相変わらずしっかりしてんなぁ…」

「ふふ…褒めてます?」

「…ニノぉ…チューしてくれよ」

俺は腕で口元を隠しながら笑った。

「何なのよ、急に。ふふ」

「甘えてんだよ、良いだろ別に」

 


大野さんは、この間の事を…少なからず気にしてる。

俺を無理矢理、組み敷こうとした事。

俺はそっと肩に手を掛けて屈んだ。

顔を傾けて、唇を重ねる。

キスだけで…分かってしまう。

大野さんとは…やっぱり最後まで出来ない。

相葉さんや、雅斗と違う感覚。

 


こんな失礼極まりない俺を…大野さんはきっと気付いてる。

「ん…ふぅっ…」

「可愛いなぁ…おまえは…」

また屈託のない笑顔を見せて目を細める。

「大野さん…」

「ん〜?」

「俺、大野さんの事…好きだよ。」

「ふふ…いいかぁ、教えといてやるよ…そういう言い回しするのはなぁ…大体は好きな奴が出来た時、体の良い言い訳を始める時に使うんだよ」

大野さんの言葉にハッキリ分かりやすいように俯いてしまう。

 


俺は…

ただ…

大野さんに甘えちゃいけないと思っただけ。

大野さんだけは、傷つけたくないだけ。

 


「来いよ」

呼ばれるがままに、大野さんの膝の上に向き合う形で座り込み、抱きしめてもらう。

首筋に擦り寄って頭を寝かせた。

「そいつ…良い奴か?」

頰を寄せて来る大野さんが呟く。

俺は目を伏せて苦笑いした。

 


「そうね…悪い人じゃないよ。俺も…よく知らないんだ」

ギュッと抱きしめる腕に力が入って、俺の背中を撫でる手の平が、寂しげにゆっくり離れた。

頰を撫でられてキスをする。

「つまんねぇ奴ならいつでも戻って来い。」

離れた唇はそう囁いて、俺の腰を掴んで膝から下ろした。

「俺、出るから。何かあったら潤に連絡させてくれ。」

「…分かりました。」

ロッカールームの鍵を開けて出て行く大野さんを見送った。

 


さっきまで彼が座っていたパイプ椅子にドサッと座り込んで、項垂れる。

 


「大野さん、好きだよ…それは…嘘じゃない」

 


それは

 


嘘じゃないだ。