時雨月の音 28
28
Masato Rain-
「はーい、雅斗こっち向いてぇー、どしたぁ〜、なぁんだ?浮かない顔して?」
「へ?そう?普通じゃね?」
俺はカメラマンの言葉に前髪を掻き上げる。
「いや、ちょい休憩入れよう」
「俺、大丈夫だよっ!」
「鏡みてこぉーい。」
ギュッと鼻先を摘まれて笑われた。
…浮かない顔?俺が?
"何でそんな泣きそうな顔してんだよっ"
怖いくらい…薄く透き通ったブラウンの瞳。揺れるような水分量に、薄い薄情な唇。
黒い髪に艶があって、頭一個分小さな身長が愛しいサイズ感を強くさせて…
俺が泣きそうな顔をしてるなんて
今まで誰も言って来なかった。
軽くて、悪くて、ズルい。
俺はそんな奴で、躊躇なんてないままに何だってやってきた。
膝が震えるようなキスは
した事がない。
パイプ椅子に座り込み溜息をついた。
「大丈夫ぅ?顔色、良くないよぉ」
「アサミさんまでそんな事言わないでよ…」
いつも俺のヘアメイクを担当するアーティストのアサミさんがパフを額に当てながら軽くファンデをなおしていく。
腰に巻いたポーチからスプレーとコームを出して前髪も直された。
「掻き上げないで。フォーマルの撮影だからね」
「ハァーイ…」
目を閉じてちょっと上向きのまま返事を返した。
「アサミさん…」
「ん〜?どしたぁ?」
「本気の恋…みたいなの、した事ある?」
一瞬見つめ合い、アサミさんはフンと鼻で笑った。
長い髪を耳に掛けながらスプレーをポーチに突っ込んで仁王立ちすると呟く。
「あんたみたいに遊んでばっかだと、そうなんのよ。」
「え?何が?」
「さては…落ちたな?」
「なぁにぃ!何なんだよ!」
意味深な煽りに思わず髪を掻き上げそうになる手首を掴まれた。
「こぉーいっ!恋よっ!」
顔が鼻先の触れるギリギリまで迫って掴まれた手首がぎりっと痛んだ。
「ア、アサミ姉さん…手、いてぇ」
引きつる笑顔で呟くと頭をパシンと叩かれ手を離された。
「髪っ!崩すなよ!まぁ、つまり恋の病なんじゃない?どーせ報われない女にでも惚れたんでしょ?あるのよねぇ〜、遊び過ぎて本気になってしまった相手には相手にされないっ!かぁ〜わぁ〜いそぉ〜っっっな雅斗!」
両手で頰をグニ〜っと挟まれタコみたいな口になる。
パッと離されたかと思うと気の強そうな瞳が俺を真っ直ぐとらえて言い放った。
「だけどね、あんたもプロなんだから一々そんなの表情出さないでちゃっちゃ仕事して来なさい!この現場押すと困んのよ!私、次、大阪なんだから!新幹線ね!ハイッ!分かったら行って来い!」
アサミさんはこの業界が長い。
俺もデビュー当時から世話になってるから遠慮がない。まぁ、その分随分仕事はしやすかった。
俺はへいへーいと軽く返事して、カメラの前に立つ。
シャッターを切る音、眩しいくらいの照明。
現実とは切り離された…そこは偽りの世界。
俺はアサミさんの言葉を頭の中でリピートしていた。
"本気になった相手には相手にされない。可哀想な…俺"
ねぇ、雅紀…
和が好き?
ねぇ雅紀…
俺が好き?
ねぇ、俺…
誰が…好き?