時雨月の音 7
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「おはようございまぁ〜す」
ダラしない首回りが伸びたようなロンTに緩々のパンツ。まるで寝巻き姿のような私服で暗がりの裏口を開く。
ビルの地下にあるBAR、paradox。
俺の勤務先だ。
頭をボリボリ掻きながらタイムカードを機械に差し込む。
ジジっと音がして沈んだカードが手に戻ってきた。
何枚か並んだカードホルダーに自分のカードを戻して、ロッカールームで白いカッターシャツに袖を通す。
「おっ、ニノぉ…はよぉ。今日、はえんだな。」
「おはようございます、大野さん…今日は朝から起きてたんですよ」
俺は苦笑いしながら店のオーナー、大野智に返事を返した。
ロッカールームは休憩室も兼ねているから何脚かのパイプ椅子と小さな丸いテーブルがポツンと置かれていてる。そこには大概誰かのタバコと灰皿があり、それだけで何も置けないような役立たずのテーブルだった。
「へぇ…珍しいなぁ」
「なんですか、ニヤニヤして」
「いやぁ…俺、鼻は良いんだよ」
大野さんは前後を逆にしたパイプ椅子に跨りながら背もたれに頬を寝かした。
いつもフニャフニャと掴み所の無い人だけど、実のところ何でもこなす天才。おまけに野生味が強くて勘が働く。
「ニノぉ…」
ヒラヒラと手招きされ、シャツのボタンをしめながら屈んで近付いた。
耳元でスンと鼻が鳴る。
尻のラインを撫であげられて
「誰と寝た」
と抑揚の無い呟き。
「……ふふ、ヤキモチですか?」
尻をパンッと叩かれる。
「さぁ…仕事だ。サッサと店に立て。時給出てんだからな」
大野さんはフニャッと笑うと俺を見上げて店をツンツン指差した。
「はいはい。」
大野さんは、俺がバイセクシャルなのを知っている。男を相手する時は、もっぱらネコなのも知っている。ただ、最後まで出来ないのも…知っている。
何故なら、大野さんは男が相手の時はタチ専門で、何度か俺を買った事があるからだ。
当時俺は金が無かった。学校を辞めて、夜の仕事に慣れず、転々と野宿するような生活。そんな時に道端で大野さんに拾われた。
大野さんは優しい人で、無償で俺に金を渡そうとするような人だった。
俺は人のそういう好意を素直に受け入れられない。だから、大野さんは俺を買う代わりに金を受け取れと上手く丸め込んだんだ。
その時に…どうしてだか、あの人には全てを話していた。
兄と愛し合っていた事。
兄を殺したのは俺だという事。
家が崩壊した事。
学校を辞めた事。
仕事がない事。
家がない事。
最後まで
Se X出来ない事。