時雨月の音 26
26
Masato Rain-
朝の電話に気づいたのは偶然仕事が早朝撮影だったから。
じゃなかったら、あの寂しい子猫ちゃんの電話をとる事はなかっただろう。
雅紀は大して飲めない酒に疲れてぐっすりだった。
隣りで喋ってたって気づかなかった。
俺をビンタした強気な様子とは違って、少し警戒しながら擦り寄って来る野良猫のような素振りが…俺を刺激した。
すっかり雅紀だと思って喋る様子はたまらなく可愛かった。
それと同時に…軽い頭痛がした。
昔々の話。昔々の話。
俺達は施設育ちで、俺達は2人でやっと一人前だった頃…。
育まれた兄弟愛は、俺を…おかしくさせた。
雅紀に近づく者全てを排除した。
その上、全て….奪った。奪って来た。
それは、気分の悪い嫉妬心と、心地いい優越感だった。
雅紀が好きで、雅紀が嫌いだった。
大好きで、大嫌いだった。
俺の感情はブレーキを無くすのに、雅紀はいつも冷静で、いつもいつも…俺を当たり前に守った。
雅紀を抱きたいという感情とは少し違うのに、雅紀を自分のものにしたいという限りなく愛情に近い感情を…
俺は昔からずっと長い間、持て余している。
和に会った時も閃きみたいに、あぁ…コイツの邪魔をして、雅紀を困らせて、残念な恋の結末を味合わせてやろうと思ってた。
思ってたんだよ。
いつもと…同じように。
和が…俺に
"なんで泣きそうな顔してんだよ"
なんて言うまでは…
腰に回った華奢な腕はしがみつくように力がこもっていて、俺は…初めて苦しいと感じた。
甘いキスも、浮ついたセリフも、全部嘘だったはずなのに…本当になりそうな驚きを感じて、少し怖かった。
後ろから抱きついて来た身体が正面に来て俺をまた抱きしめた時、パーカーのポケットから手を出してコイツに直に触れたら…火傷でもするんじゃないかと怖くなって…
パーカーのポケットに手を入れたまま抱き寄せ、本物のキスをする心を隠すように…
フードの中に和を隠して口づけた。
屈んだ膝が笑って…
初めての苦しい波が…俺を混乱させていた。
俺は、雅紀から全部奪いたい。
雅紀の大切な人も物も…
今までそうして来たはずなのに
どうしてこんなに苦しいんだろう。
和が…雅紀を好きな事…
それが何だか辛くて…別れた後は後ろさえ、振り返れなかった。