時雨月の音 50
50
Masaki Rain
和に一目会いたくなってしまった俺は、小雨の降る中、佐藤くんと出て行った雅斗の後を追うようにマンションを出た。
二人の姿はもうどこにも無くて、冷たい雨に打たれて自嘲の笑みが溢れ落ちた。
和とparadoxの前で会えて、俺は恥ずかしい事に大泣きしてしまい、随分困らせたと思う。
心配した和は呑んで気持ちを落ち着かせてから帰ったらと提案してくれたけど、気分が全く乗らなかった。
抱きしめた和の温もりだけを手土産に、マンションへ引き返す。
当たり前だけど、雅斗はまだ帰ってなかった。
いつ帰るのかなんて、知れない。
言葉の表現を超えた想いが、口づけになってしまった事を思い出す。
弟を
俺は恐らく、愛していたんだ。
和に出会うまで…気づかないまま、愛していたんだ。
だから、アイツが俺の付き合う人を奪おうが、壊そうが、最終的に自分の元へ帰ってくる雅斗だけが大切だった。
今も
勿論、愛してる。
ただ、これまでと違う気持ちで…
おまえを見てる。
あれが、最初で最後のキスだ。
雅斗を、兄弟とは別の感覚で愛していた証拠…。
おまえはきっと、もっと随分前から…そうだったんだよな。
だけど…本心に気づかない俺に合わせてた。
俺達は特別な兄弟で、特別な繋がりだって、うそぶいて。
本当はずっと…特別な関係になりたかったのかもしれない。
愛し愛される、恋人関係なんてモノに。
だけど…ギリギリのところでお互いが気づいていた。
踏み込んではいけないよと、線を引いて。
そして、悪戯は続いた。
俺もおまえも、和に恋をしたんだから。
分け合えない苦しみ。
感情のすれ違い。
雅斗は、初めて俺から離れて行った。
俺たちの特別は…終わったんだ。
雅斗…俺たち、一人で歩いていけるよな。
広いベッドの中で丸くなる。
隣があまりに広すぎた。
窓の外で、雨音がまた…響いてる。
ゆっくり伏せた瞼は泣きすぎたせいでジンと痛み、細い視界に映ったうねるシーツの波に飲まれる自分が怖かった。
それから、何日も雅斗は帰らなかった。
片腕をもがれたように頼りなく、落ち込んでいく俺を、和は何も言わず側にいて見守ってくれた。
和はこの苦しみや痛みを、知っているからだ。
だから、いつも囁いてくれる。
俺が居るよって。愛してるって。愛して欲しいって。
囁いてる。
俺は和を、幸せにしたい。
雅斗が家をあけて一ヶ月を過ぎた頃、深夜を回った冷えた寝室のドアが
ゆっくり開いた。